ヨウナモノノ

ブチ切れ毎秒

夏を制するものはなんとやら。

嬉しかったできごとを記録したい。

 

自慢がしたいのではない。自分を鼓舞するため、「自己の物語」を積み上げるため、

一度整理がしたいのだ。

 

 

7日から9日にかけてゼミ合宿に参加した。

我がゼミの合宿は本当に缶詰で、1日目は昼に会場に到着し、途中晩御飯をとったり風呂に入ったりもするが、結局夜中の2時まで各自の研究過程・成果の発表と質疑応答を順番に行った。二日目は朝10時から夜の9時まで同様に発表と質疑応答を続けた。そのあとは朝まで飲み明かすというのがスケジュールである。

 

そして、今回の私の発表であるが、すこぶるうまくいった。あんなにうまくいったのははじめてだ。

 

去年の今頃は、新潟の里山で発表ができず体操座りをしていた。あのときは、落ちるところまで落ちたという感覚だった。つづく昨年秋のゼミ大会も、議論をうまく進めることができず発表の準備がほとんどできていなかった。先生や先輩の助言をとにかく愚直に聞き、なんとか形にできたくらいだった。

 

契機は、冬だ。卒業する先輩たちの卒論発表をきいたときに思った。

先輩らの論文は小手先でできあがったものではない。地道に着実に進めてきたからこそできたものなのだ、と。スピノザが「嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する」と言ったが、ちょうどそのような態度で、たとえうまくいかなくても、悩んだとしても、地道に進めていくことを先輩たちの背中をみて学んだ。

 

そこから、就活をはさんだ。就活は私にとって、研究の断絶ではなかった。就活を言い訳にしたくないからこそ、研究を進めることができた上、一旦私の価値規範のすべてだった「ゼミ」という場から離れ、その価値を相対化することでガス抜きができた。

 

就活も終わり、さて研究に集中するぞ、というときになって今度は恋人が精神的に追い詰められる。喧嘩もだいぶした。眠れないし、体力的にもきつかった。ただ、なによりつらかったのは本人だろうし、なんとか立ち直ってくれるように支えた、つもりだ。結果的に、立ち直ってくれたようで安心した。

 

その間、レジュメを書き続け、気づけばA4の紙で83ページもの量になった(人によりピンキリだが20数ページがよくある合宿のレジュメの量である)。我ながらびっくりする量である。もともとこんなに長いレジュメにするつもりはなかったが、友人から焚き付けがあった。レジュメは量ではないというのはわかっているが、長いというのはもっとも単純でわかりやすいインパクトだ。他のゼミ生への刺激にもなるとおもって、整理してレジュメにのせた。

 

発表としては20分ほどだったが、その発表に至るまでの「這い上がり」の期間が長かっただけに、発表を終え、先生や友人たちから褒めていただいたり、今後の議論の参考になる助言をもらったりしたときは嬉しくてたまらなかった。とくに嬉しかったのは、後輩から「(発表・レジュメをみて気持ちが)引き締まりました!」という言葉をもらったことである。そう、それこそ今回の発表の裏の目的であった。私が先輩の背中から学んだように、最終学年である私ができることは後輩に背中を見せることだと思った。それができた。先輩後輩間の美談を垂れたいのではない。それが「ゼミ」という場が抱える重要な機能の一部だということだ。卒論完成まで、この姿勢を意識したい。秋の発表に備え、準備を進めよう。

 

 

今は達成感・安心感に浸っている。10日の木曜日はゼミの友人たちとご飯を食べに行き、花火もした。ようやく夏らしいことができた。この夏はとにかく楽しみたいという気持ちがつよい。どんどん外にいってやろう。

 

しかし、私の夏をそれ「だけ」にしてくれないのが、友人たちであるゼミ生である。

私の発表が、よく研究ができる人たちを触発させた。彼らは、たぶん、夏明けにすごい発表をしてくるだろう。それに、引けをとらないように私も、大学生らしく遊びつつ、とにかくたくさん本を読もう(読書メーターというサイトがあるが、最近それをはじめた)。切磋琢磨という言葉はあまりに手垢がつきすぎているので好きではないが、しかし、まさにそうとしか言えない状況だ。強気で対峙しよう。

 

夏を制するものはなんとやら。今年の夏を後になって振り返って、「あの夏があったから今の自分がある!」と言えるようなものにしたい。