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ヨウナモノノ

ブチ切れ毎秒

ツァラトゥストラがおもしろい。

いま、じわじわとニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫, 氷上英廣訳)を読んでるんですが、これが面白い。

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読むといっても、しょっぱなから「だれでも読めるが、だれにも読めない書物」と一蹴されているわけですけども(本文中ではさらに、「読書する暇つぶし屋を、わたしは憎む」とまで書かれている。ヒェッ...)。

 

ニーチェは以前から気になっていた上に、この著作に関しては『ツァラトゥストラはかく語りき』というタイトルが以前から頭から離れなかった。ツァラトスラ?、ツァラストゥラス?、ツァラトストゥラ?、普段見ないカタカナの並びに魅せられもした(そこか)。

 

私が購入したのは岩波版の『ツァラトゥストラ』なんですがところで、岩波さん。

ツァラトゥストラは「こう言った」じゃなくて、

「かく語りき」だろ!

って言いたい。

 

ツァラトゥストラ』の翻訳本はいくつかの出版社から出版されている。その中でも、ネットの評判を見る限り、岩波版が一番評判が良さそうだったので、岩波版にしたいとは思っていたけど、「こう言った」のせいで最後まで別の出版社の訳にしようか迷ったくらい。別に、意味は変わらないけど、「かく語りき」ってこのいかにもテツガクですって感じにロマンがあるんですよ。秋だけに。それはマロン。寒い。きっしょ。こうやってテツガクのイメージを消費しているのはどうなの?あんたどうせ内容わかんないんでしょ?という心の声をビシバシ叩いてそれでも「かく語りき」の方が語感がいいと表明する。

 

まだ、第1部しか読んでないし、背景的な知識なんてないし、さっきからタイトルのことしか触れていないしお前何も考えてないなってバレバレだし、この中二病といったらそれでおわりそうな言葉の数々に、はしゃいでいるだけかもしれないけど、それでも、読む者を奮い立たせる力がある、と直観する。たとえ、私のような未熟な人間が読んだとしても。

 

文脈を切り取ってしまうことに、抵抗を感じつつも、論文ではないしいいか。

例えば、以下のような言葉など、どうですか。なんかこう、グッときませんか。

 

わたしはわたしの愛と希望の名において、あなたに切願する。あなたの魂のなかの英雄を投げ捨てるな!あなたの最高の希望を聖なるものとして保ってくれ!(p.70)

あなたがたの人生への愛が、あなたがたの最高の希望への愛であれ!そして、あなたがたの最高の希望は、人生の最高の思想であれ!(p.77)

 

まずは一通り、「これってどういうことだろう」と考えながら読んで、次に解説本を読んだり思想的な背景を勉強して、そしてまた挑戦しよっかな、という次第。以上。